2014年5月24日土曜日

ヘンデル ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ












ユトレヒト条約締結時の
輝かしい魅力に満ちた宗教音楽
 
 「スペイン継承戦争」や「アン女王戦争」の終結を宣言した1713年のユトレヒト条約は世界史的にも大変重要な出来事ですが、ご存知の方も多いことでしょう。そうした戦勝記念公式行事のために作曲されたヘンデルの「ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ」は条約の締結をお祝いする式典用の音楽なのです。
  オペラ「リナルド」をはじめとしたイギリスでの成功がきっかけで1712年にロンドンに移住、作曲活動の新たなスタートを切ったヘンデルにとっては重要な意味を持つ作品となったのでした。

 ヘンデルの他の式典用音楽や声楽曲と比べると違いが良く分かると思いますが、これは彼の作品の中でもかなり襟を正した音楽と言っていいでしょうね。どちらかというと、イギリスの大作曲家ヘンリー・パーセル(1659〜1695)のオードに近い感じがします。

 しかし、オペラを得意とし、自由な音楽性の持ち主ヘンデルのことですから、通り一遍の曲になるはずがありません。

 「ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ」でのドラマチックで雄弁な合唱や管弦楽は当時の聴衆にも新鮮な驚きと感動を与えたことでしょう! たとえばテ・デウムのファンファーレに導かれて晴れやかに輝かしい主題を奏でるWe praise thee, O God (われら神であるあなたを讃えん)やDay By Day We Magnify Thee(日ごとに汝は大きくなりて)の希望に胸が膨らんでいく音楽が印象的ですね!
 また、フルートソロが神秘的で美しく、声楽三重唱と合唱の絡みが内省の声を醸し出すWe Believe That Thou Shalt Come(われ汝が来たらんことを信じる)も一度聴いたら忘れられない味わいがあります。



プレストンと息の合った
メンバーたちによる名演奏




 サイモン・プレストンとソプラノのエマ・カークビー、ジュディス・ネルソン、テノールのポール・エリオット、バスのデビット・トーマス、そしてオックスフォード・クライストチャーチ聖歌隊のコンビによるレコーディングは1970年代の後半から1980年頃にかけて数々の名演奏がオワリゾールレーベルに残されました。
 ヘンデルの「メサイア」、「エジプトのイスラエル人」、ハイドンの「聖チェチリーアミサ」、ヴィヴァルディの「グロリア」やパーセルの「テ・デウムとユビラーテ」等のミサ曲や声楽曲はその主なものですが、この「ユトレヒト・テ・デウム&ユビラーテ」も重要な成果のひとつと言っていいでしょう。


 彼らはよほど息が合っていたのでしょうか……。ともかく、洗練された造型と純度の高い演奏が作品の魅力を炙り出しつつ、決して冷たくならず潤いと温かさに満ちた音楽を創り出していたことが印象的でした。

 この「ユトレヒト・テ・デウム…」もいたずらに表情を華美にすることなく、柔らかく透明感のあるハーモニーが曲の隠れた魅力を引き出しているように思います。特にオックスフォード・クライストチャーチ聖歌隊の無垢でみずみずしい声の響きは至福の時を与えてくれるに違いありません。カークビーやネルソン、エリオットらソリストたちの声も美しい声と祈りに満ちた表情を実にセンス満点に聴かせてくれます。