2013年8月21日水曜日

ベートーヴェン ピアノソナタ第21番ハ長調Op.53「ワルトシュタイン」










強い意志を感じさせる作品

 ベートーヴェンのピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」は私にとって思い出深い曲です。この曲の圧倒的なエネルギーや懐の深い曲調は学生時代に挫けそうになった私へ限りない勇気を与えてくれたのでした……。

 ベートーヴェンの音楽は強い意志を感じさせる作品が多いのですが、この「ワルトシュタイン」もそのような性格が見事に反映された作品の一つです!特に第1楽章はエネルギーがみるみるうちに集積され放出されるような激しい情熱が渦巻きます。音楽は淀むことなく、めまぐるしい転調やシンコペーションリズムの挿入、大胆な和音が続出するにもかかわらず、曲が一切破綻していません。それはベートーヴェンの音楽に強固な太い芯が通っているからなのでしょう……。
 第2楽章は約3分少々の短い楽章ですが、決して第1楽章と第3楽章の場つなぎ的な楽章ではありません。第1楽章と第3楽章の場面転換を強く印象づけ、心の内面を深く見つめる重要な楽章なのです。沈思と回想、ここから聞こえてくるのはベートーヴェンの内省の想いなのです……。第2楽章は分散和音が回帰し、思い出を閉じるように第3楽章に移行していきます。
 すると無限の優しさと愛おしさにあふれた第3楽章のロンド主題が現れます!忘れかけていた大切なものに巡り会えた喜びと深い安らぎがあたりを支配します。曲中に何度も形を変えて展開されるロンド主題は平和を謳歌する象徴のように次第に深化されていくのです。


ベートーヴェンの精神を具現化したようなバックハウスの名演奏

 演奏はバックハウスの録音(DECCA)が他のピアニストとは別次元の演奏と言えるでしょう。ベートーヴェン演奏に対する揺るぎない自信と確信が成せる技なのでしょうが、それにしても聴けば聴くほど凄い演奏です!

 第1楽章の豪快でスケールの大きい表現、第2楽章の心の機微や内省的な表情を息づかせる表現、第3楽章の懐の深い表現と息づかい……。ともすればバックハウスのイメージから豪快一辺倒な演奏を思いがちですが、決してそうではありません。多彩な表情や深い感情の余韻を随所に聴かせてくれるのです。
 聴く人は音楽に浸る幸福感を最高に感じることが出来るでしょう!「ワルトシュタイン」においてバックハウスは心技体すべてでベートーヴェンの精神性を具現化している(熱情ソナタにも言えることですが)と言っても過言ではないでしょう!特に息もつかせぬパッセージの有機的な流れやフレージングの見事さ!バックハウスが施す音楽の”間”はただの余白ではなく、曲の全体像を彫琢する重要な音なのです。ステレオ初期の録音ではありますが、今もその存在感は絶大です。